2021年3月22日月曜日

救世主の降臨運動

救世主が降臨する時には、その降臨を告げるための運動が起こります。

二千年前のかつてのユダヤの地でも、救世主の登場が待ち望まれていました。

そしてバプテスマ(洗礼)のヨハネという人物が現れて、もうじき救世主が現れる事を人々に訴えます。

ヨハネは彼らに答えて言った、「わたしは水でバプテスマを授けるが、あなたがたの知らないかたが、あなたがたの中に立っておられる。

それがわたしのあとにおいでになる方であって、わたしはその人のくつのひもを解く値うちもない」

ヨハネによる福音書 1:26~27

救世主の登場を予言する旧約聖書にも、その先駆けとして使者を遣わすとされています。

預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」

この救世主が現れる前に登場し、主の道を整える者こそ、バプテスマのヨハネでした。

バプテスマのヨハネは、自分の後に救世主が現れると人々に伝ていたわけです。

その中でイエスが登場してきます。

ヨハネはイエス・キリストの降臨を整えるために遣わされた人物でした。

二千五百年前のインドの地でも、やはり仏陀がやがて現れるという気運がありました。

仏陀=目覚めらるものがやがて現れ、人々を正しく導いてくれるという、救世主としての存在が待ち望まれていたのです。

そうしてお釈迦様が降臨されていきました。

もしも現代に救世主が降臨されるなら、その登場を待ち望む運動がやはり起こるはずです。

それは天上界から救世主が降臨される時に、その地ならしとして霊的に計画されてなされるはずだからです。

その現代の降臨運動の一つが、イギリス人のベンジャミン・クレーム氏が興した運動でしょう。

1972年に彼は、もうすぐ救世主がこの世に現れると説き、人々に告げ知らせました。

彼のもとにマイトレーヤ(救世主)からのテレパシーがあって降臨の事実を告げられたからです。

まずはベンジャミン・クレーム氏が受け取った救世主からのメッセージを紹介してみましょう。


「私の愛はとこしえに流れる」

メッセージ第1信  1977年9月6日


親愛なる友よ

あなた方が私の顔を見るときは、近い。

その時が来れば、あなた方の手を取って、

共にお仕えするあの方の御前に連れていこう。


私の顕現は完了し成就した。

まことに私はこの世に存在する。

あなた方は、まもなく、

私を知り、私に従い、

私を愛するであろう。

私の愛は、あなた方すべてを通して、とこしえに流れる。

私は全ての人間を愛する。

この愛ゆえに、私は、ここに在る。


兄弟姉妹たちよ、私の到来は、あなた方のいう新しい時代の始まりの合図である。

来たるべき時代に、あなた方の想像を越えうる麗しさと奇すしき御業をみせてあげよう。

それこそは神の子であるあなた方が受け継ぐ嗣業である。


我が子供たちよ、友達よ、

私はあなた方の期待よりもさらに時を早めてやってきた。

しかしなすべきことは多い。

非常に多くの変換が要求される。

多くの者が飢え死にし、

多くの者が不必要に苦しんでいる。


これらすべてを変えるために私はやってきた。

あなた方に道を示そう、

もっと簡素で、健全な、より幸せな生活へ向かって、一緒に進む道を。

人が人に、国が国に相対することなく、

兄弟同胞として、共に新しい御国へと前進しよう。

用意のととのっている者達は、父の御顔を仰ぎみるであろう。


唯一なる神の愛と光と力とが、

あなた方の心の裡に、今顕わされるように。

この光と愛と力とが、あなたの心の中心に

永遠に宿るものを求めさせるように。

それを探し出し、そして顕わしなさい。


「わたしが再びあなたがたの中に現れる理由は数多い」

メッセージ第2信 1977年9月15日


今晩は、親愛なる友よ、

あなたがたに語りかけ、わたしが戻ってきた理由を心に堅く植え付けてもらうために、

またこの機会を持った。

わたしが降臨し再びあなたがたの中に現れる理由は数多い。

主に次のようなものである――

わたしの兄弟である覚者たちは、日常の生活の中に集団で戻ることが予定されている。

わたしも、彼らのリーダーとして、また、仲間として共に戻る。

世界中のもろもろの民は、わたしを呼び、わたしの帰還を請い願っている。

わたしは彼らの嘆願に応える。

さらに多くの者は飢え、無意味に消えていく――

世界の倉庫の中では腐敗しているその食物を欠くために。

また別の意味でわたしの助けを必要とする者も多い

――教師として、守護者として、友として、案内人として。

これらすべてを総合する者として、わたしはやってくる。

人類がわたしを受け入れてくれるならば、彼らを新しい時代へ、新しい御国へ、

来るべき時代に人類を待つ、あの栄光の未来へ連れていこう。

このすべてのためにわたしはやってくる。


またわたしは、神への道を、

あなたがたの本源に戻る道を示すために、やってくる

神への道は、すべての人間が辿ることのできる単純な道であることを示すために。

わたしが携えてくる新しい「啓示」であるあの「新しい真理」の光の中へ

あなたがたを導くために。

このすべてのことのために、わたしはやってくる。


あなたがたの手を取って、あなたがたを招いているあの御国へ連れていこう。

あの驚嘆すべき神の栄光をお見せしよう。

あなたがたはそれを仰ぎみることができるのである。


わたしの覚者たちの先陣は、あなたがたの中に位置を占めている。

あなたがたはまもなく彼らを知るであろう。

彼らの仕事を助けなさい。

彼らは、あなたがたを通して、新しい時代を建設するということも知りなさい。

彼らに導いてもらいなさい。案内してもらいなさい。道を示してもらいなさい。

そうすることで、あなたは、兄弟姉妹たちによく仕えることになるだろう。


心に深く留めなさい、我が友よ。

すべては良くなるだろう。

あらゆる事柄は良くなるだろう。


おやすみなさい、我が愛しき友よ。


唯一なる神の光と愛と力とが、あなたがたの心の裡に、今顕わされるように。

それによって、あなたがたの裡に永遠(とこしえ)に宿るものを探し求めるように。

それを見つけて、そして神を知りなさい。



このように、人類が救世主の降臨を待ち望んでいるがゆえに、主は降臨されるとベンジャミン・クレーム氏を通して伝えられました。

彼が設立した「シェア・インターナショナル」によると、降臨するマイトレーヤ=救世主とは、仏教の予言にある弥勒菩薩というだけではなく、世界中の信仰の予言における救世主であるとされます。

キリスト教においては第二のキリストであり、ヒンドゥー教においてはヴィシュヌの化身であるカルキであり、イスラム教では人類の最終的な救世主として現れるムハンマド・ムンタザルであり、ユダヤ教ではユダヤのメシア(救世主)であるとされます。

全ての宗教の救世主であるとしています。


「人類はもうすぐわたしを見るであろう」

メッセージ第6信 1977年10月11日

親愛なる友よ、今晩は、

再び、このようにしてあなたがたに語りかけることをうれしく思う。

あなたがたが、わたしの姿を完全な視界のうちに見るのも、

そんなに長い先のことではない。

人類は、もうすぐわたしを見るであろう。

そして、もしわたしに従いてくるならば、

彼らを待っているあの未来へ

真理と和と愛の光にあふれる未来へ、連れていこう。


我が友よ、わたしを援けて、準備の労苦を分かち合ってほしい。

もしも、わたしがここに居る事実を受け入れることができるならば、

聞く耳を持つ者すべてに、このことを告げなさい。

あなたは、わたしと知らずに、わたしを見るかも知れない。

あなたは、反対の方向へ歩いていくかもしれない。


もしそうすれば、あなたが千回の転生を経ても

築きあげることのできないほどの宝を放棄することになろう。

わたしがここに居ることを人々に知らせる役割を担いなさい。

わたしは彼らのために、彼らの未来のために、

世界中のすべての人とすべてのものの未来のために働く。

このことを人々に知らせなさい。


あなたがたの中に、わたしが存在することを知らせなさい。

そして過去の役に立たないすべてのものから解放されなさい。

わたしの存在を知らせなさい。

そしてわたしの愛があなたがたを通して流れ、

兄弟姉妹のために働くあなたがたの道を照らすことを確信しなさい。

この仕事をなして、彼らとわたしとを援けてほしい。


わたしの仕事は、始まったばかりである。

完了した暁には、わたしはこの時期を振り返って、

同胞のために仕えることを願う少数の者たちの心に火を灯した時期とするだろう。

あなたがたがその仲間となるように。

わたしの心からの愛が、あなたがたすべてに流れ出づる。

唯一なる神の光と愛と力とが、あなたがたの心の裡に、今顕されるように。

それによって、隠れているがいつでも弾き出づることのできる

あの存在を探し求めるように。

それを見つけて神を識りなさい。



第6信では、救世主の存在を受け入れ、信じる事がどれだけ尊い事であるか、千回の転生を通じても得られない宝のような機会である事が述べられています。

人間は幾度も輪廻転生を繰り返し、この世に何度も生まれ変わってくる事は聞いたこともあるでしょう。

実際に人の魂は、何度もこの世に生まれ変わってくるのですが、救世主が降臨される時に、降臨される地に生まれ合わせる事は至難の時なのです。

この奇跡の時、奇跡の地に生まれ変わっても、救世主の降臨に気づかない人が多くいる事はなんと悲しい事でしょう。

イエスの誕生したユダヤの地に、仏陀の降臨したインドの地に生まれていた人は多いはずです。

しかし、救世主が同時代に降臨し、教えを説かれている事に気づかない人が大勢いました。

彼らは奇跡の時に生きながら、平凡な人生を選択し生きていったのです。

その後悔はいかばかりでしょう。

救世主降臨の地に生まれ合わせ、その真実を知ることがどれほど幸いであり、福音であるかを知るべきです。

上記の霊信ではその事を伝えていると思います。

さらに以下の霊信では、メッセージで救世主ご自身の事が語られています。



「わたしは門口に立つ見知らぬ者なり」

メッセージ第10信 1977年11月8日


親愛なる友よ、わたしは再びあなたがたの中に居る。


あなたがたは、もうすぐ、人それぞれのかたちでわたしを見つけるであろう。

このことを告げにきた。

わたしの愛する弟子イエスを求めるものは、イエスの特性をわたしの中に見いだすだろう。

教師としてのわたしを探す者は、より的に近い、わたしは教える者であるから。

徴を求める者は、それを見つけるであろう。

しかし、わたしの顕れ方は、もっと単純である。


あなたがたとわたしを分かち隔てるものは何もない。

もうすぐ多くの者が、そのことに気づくであろう。

わたしはあなたがたと共に在り、あなたがたの裡に在る。

わたしであるものを、あなたがたを通して表すことを願う、

そのためにわたしはやってきた。


多くの者がわたしに従い、わたしを案内人として見るであろう。

多くの者はわたしを知らないであろう。

わたしはすべての者の生活の中に入り、彼らを通してその人生を変えることを願う。

もうすぐわたしを見る用意をしておきなさい。

わたしの言(ことば)を聞き、

わたしの思いに従い、

わたしの嘆願に心を留める用意をしておきなさい。


わたしは門口に立つ見知らぬ者なり、

扉をたたく者なり、

いつまでも立ち去らぬ者なり。


わたしはあなたがたの友である。

わたしはあなたがたの希望である。

わたしはあなたがたの楯である。

わたしはあなたがたの愛である。

わたしはすべてである。


わたしをあなたがたの心の裡に受け入れ、あなたがたを通して働きかけさせてほしい。

わたしをあなたがたの一部となし、世にわたしを示しなさい。

あなたがたを通して、わたしを顕させてほしい。

そして神を識りなさい。


唯一にして聖なる神の光と愛と力とが、

あなたがたの心(ハートとマインド)の裡に、今顕されるように。

それによって、あなたがたすべての裡に、

今も未来永劫も沈黙のうちに宿る神を識るように。



この第10信では、救世主はイエスご自身ではなく、イエスの師である存在であることを明かされています。

つまりイエスが再臨するのではなく、イエスが天の父と呼んだお方、ヘルメス・トリスメギストスであり、仏陀である方が再臨されるという事です。

ベンジャミン・クレーム氏はイギリス人であるだけに、救世主はロンドンにいるのではないかと考えたようですが、見出すことなく2016年にお亡くなりになられています。

同時代の現代ではまだ分からないでしょうが、未来になれば彼の運動は大川隆法先生の登場を予言したイエスで言うバプテスマのヨハネのような役割はたしていたことがわかるでしょう。


さらにもう一人あげるとすれば、日本における高橋信次氏があげられます。

同氏はGLAの創立者であり、『心の原点 失われた仏智の再発見』、『心眼を開く あなたの明日への指針』、『心の発見』三部、そして『人間・釈迦』という書籍を出しています。

髙橋氏は生前「やがて関西から若い青年が現れる」という事をたびたび言っていたそうです。

大川先生は徳島ご出身で関西方面であり、その当時は若者でしたから、この予言は大川先生の登場を予告していたと言えます。

大川先生の初期の霊言にも、高橋信次霊はたびたび登場して、通信を送っていました。

ただ、同氏はご自身の事を釈迦だと勘違いしていた時期もあったようで、混乱をもたらした面もあったかと思います。

そうした面はありますが、救世主の露払いの役割を果たしていた面はあっただろうと思います。

それというのも、私自身が若い頃に同氏の『人間・釈迦』を読んで、「もうじきお釈迦様が再臨される!この人(高橋氏)はその露払いをしているのだ」というインスピレーションを受けたからです。

その時は高橋氏が「関西から若い青年が現れてくる」と予言していた事は知らず、すっと後になって知りましたが、その直感は当たっていたでしょう。

ですので、同氏の活動は、救世主降臨の露払いの役を果たしていた面はあったかと思います。

これも現代では分からないでしょうが、後世になって分かってくる事でしょう。


このようにベンジャミン・クレーム氏の活動や、高橋信次の活動は、後には救世主の降臨を先駆けた運動だったと分かるようになる時が来るでしょう。

救世主の降臨される時には、そうした降臨運動が起こるという事でもあります。

いずれは大川隆法先生が、救世主としてその降臨運動がなされていたと理解されるようになります。

今世生きている間に、その事に気づいた人間は幸いです。

数千回の転生でも得られない魂の宝を手にする事でしょう。


0 件のコメント:

コメントを投稿